乙類の種類

焼酎

焼酎乙類は一次発酵・二次発酵を経てつくられたもろみを蒸留して製造されるものが主流です。

米焼酎

米

日本酒同様、米を原料とし、味はやや濃厚です。

主要生産地は熊本県南部の人吉盆地(人吉・球磨地方)で、28の蔵元がひしめきあっています。

人吉盆地で生産される米焼酎は特に「球磨焼酎」とよばれ、世界貿易機関のTRIPS協定に基づく産地表示の保護指定を受けています。

また、2006年には地域団体商標として登録されており、香りや味わいは日本酒に近くフルーティかつ端麗で、減圧蒸留の普及もあってそれ程クセが強くないので初心者にも受け入れやすい焼酎です。

他にも、日本酒の名産地(秋田県、新潟県等)でも米焼酎が生産されています。

麦焼酎

麦

一般に米焼酎より癖が少なく、飲みやすいと言われています。もともと長崎県壱岐で生産され始めたのが最初です。

「壱岐焼酎」は世界貿易機関のTRIPS協定に基づく産地表示の保護指定を受けており、壱岐焼酎は米麹に麦を掛け合わせています。

麦焼酎は1960年代まで焼酎の中ではメジャーな存在ではなかったが、東京農業大学の柳田藤治によってイオン交換濾過法を麦焼酎へ応用する手法が開発され、宮崎県の柳田酒造によって実際の使用方法が確立すると多くの麦焼酎メーカーがイオン交換濾過法を導入することとなっています。

その後、1960年代後半から大分県で生産されている麦麹に麦を掛け合わせる麦焼酎が日本各地で注目を浴び、現在では大分県も麦焼酎の一大産地となっています。

ちなみによく耳にする、「大分麦焼酎」は地域団体商標として登録されています。

芋焼酎

さつまいも

味はかなり濃厚で、しばしば独特の臭みがあるため、好き嫌いが分かれることが多いです。

江戸時代から南九州で広く栽培されているサツマイモを原料とした焼酎です。

鹿児島県や宮崎県南部で広く飲まれており、使用される麹はほとんどが米麹。

サツマイモ100%焼酎は製造されたことがなかったが、1997年に国分酒造協業組合が日本で初めてとなるサツマイモ100%焼酎を発売したことで、芋麹も一般化、現在では多くのメーカーがサツマイモ100%焼酎を発売しています。

主産地は鹿児島県と宮崎県南部であり、他の産地として、薩摩出身の流人である丹宗右衛門が製法を持ち込んだ八丈島などが挙げらます。

鹿児島で生産される「薩摩焼酎」は、世界貿易機関のTRIPS協定に基づく産地表示の保護指定を受けています。

現在では、焼き芋を原料とした「焼き芋焼酎」も作られるようになり、焼き芋に由来する甘い香りが特徴で、鳴門金時(鳴門海峡、旧吉野川、吉野川などの砂地で作られるさつまいも)で知られる徳島県、宮崎県、鹿児島県などで製造されています。

近年では、味わいや香りなどをまろやかにしているものも誕生しており、新たな人気が生まれています。

黒糖焼酎

黒糖

口当たりは比較的柔らかく、癖が少ないので、原料から想像されるほどに甘味は強くないです。

奄美群島では江戸時代から第二次世界大戦以前まで、泡盛や黒糖酒(黒砂糖原料の蒸留酒)が製造されています。

しかし戦間期から戦後のアメリカ占領時代にかけ、米不足で泡盛の原料に事欠く一方、黒砂糖は日本本土に移出できず余剰だったことから黒糖酒が多く作られるようになったのです。

1953年、奄美群島の日本返還に伴い日本の税法を適用するにあたり、黒糖酒は酒税法上「焼酎」として扱われず税率が高いことから、「焼酎」扱いを望む島民の要望もあり、取り扱いに関して議論がなされています。

当時の大蔵省は振興策の一環として、米こうじ使用を条件に、熊本国税局大島税務署の管轄区域(奄美群島)に限って黒糖原料の焼酎製造を特認しています。

以後、日本の黒糖焼酎は奄美群島でしか製造できない特産品となって現在に至っています。

また現在、奄美群島では泡盛は製造されておらず、黒糖酒は全域で製造されるようになっています。

小笠原諸島において、日本領土になった明治時代初期からサトウキビ栽培によって製糖業が盛んとなり、その過程で生じた副産物を発酵・蒸留した製法で、焼酎に類似する「糖酎」「泡酒」「蜜酒」と呼ばれた酒が戦前に醸造されています。

戦時中の島民疎開により途絶えていたが、1989年(平成元年)になって村おこしの一環として小笠原村の役場・農協・商工会によってこれを扱う企業が設立され、その製法を模したラム酒が製造されています。

税法上はラム酒(スピリッツ、もしくはリキュール類)の扱いとなっています。

そば焼酎

そば

味わいは麦焼酎より更に軽く、癖が少ないです。

ソバを主原料とする焼酎であり、発祥は新しく、1973年、宮崎県五ヶ瀬町の雲海酒造が、山間部での特産品であるソバを原料に取り上げ新たに開発したのです。

以後各地の焼酎メーカーで、米・麦との混和タイプも含めて広く作られるようになっています。

そば屋においてそばをゆでたそば湯で割ったそば焼酎を提供している事例も多く見られるます。

ただし、そばアレルギーを持つ人はアレルギー症状が出る可能性があるので注意を要します。

ソバが原料として使用された焼酎は、そば焼酎と呼ばれ、焼酎の中でも1つのジャンルを形成していきました。

このそば焼酎は、1973年に五ヶ瀬酒造(後に社名変更を行った)という宮崎県にあった酒造会社が、五ヶ瀬地方で栽培されているソバを使って焼酎を開発したことによって誕生したのです。

したがって、宮崎県において発祥した焼酎だとも言えます。

その後、1976年に同酒造会社が本格的に宮崎県外へも販路を広げていったのだが 、これにより、そば焼酎はより広く知られるようになっています。

結果、ソバの栽培が盛んな長野県や北海道でも、そば焼酎の製造が行われるようになっていったのです。

このそば焼酎に使用されるソバの品種は、主にダッタンソバですが、ソバだけを主原料として製造を行うのは比較的難しいため、しばしばコメなど他の焼酎の原料と混ぜた上で仕込みが行われ、製造が開始されています。

したがって、そば焼酎とは言っても、例えば、主原料としてソバとコメとが併用されている場合も場合によってはあるのです。

それに対して、米麹こそ使用しているものの、それ以外は全量をソバだけで製造しているそば焼酎も存在しています。

なお、焼酎は全般にコメに麹菌を繁殖させた米麹が多く使用されており、これはそば焼酎においても例外ではないですが、ムギに麹菌を繁殖させた麦麹を使用したそば焼酎も見られます。

このように、一口にそば焼酎と言っても様々なタイプがあるわけですがこの点も他の焼酎と同様です。

栗焼酎

栗

栗の香りとまろやかでほのかにふくよかな甘みがあるのど越しが特徴です。

まるで、栗の甘さを最大限に生かした表現が独特なハーモニーを生み出し、ブランデーのような感じです。

クリを主原料とする焼酎で1976年、宮崎県延岡市の佐藤焼酎製造場が地元産である栗を原料に用い栗焼酎を発売され、その後愛媛県など各地の栗特産地を中心に作られるようになっています。

泡盛

泡盛

主としてインディカ米を原料として黒麹菌(アワモリコウジカビ)を用いた米麹である黒麹によって発酵させ、もろみを蒸留した琉球諸島産の蒸留酒です。

その製法は一般的な焼酎と差異があるものの、税法上は焼酎乙類の範疇に入れられています。

法制上、泡盛自体は日本全国で製造することができるが、「琉球泡盛」という表示は世界貿易機関のTRIPS協定に基づいて沖縄県産の物のみに認められています。

主にタイ産インディカ米の砕米が用いられるが、近年では地産地消の動きに伴って県内産のジャポニカ米を使ったものも生産されており、3年以上貯蔵したものは古酒(クース)と呼ばれています。

戦前には、奄美群島でも製造されていたが、現在は作られておらず、「本場泡盛」、「琉球泡盛」を商標に使用できるのは沖縄県で作られたものだけとされています。

なお海外では、台湾、モンゴルなどに泡盛の酒造所があったりします。

『泡盛』の由来には2説があり、 かつては原料に粟を用いたことからというものと、蒸留の際、導管から垂れてくる泡盛が受壷に落ちる時、泡が盛り上がる状態を見て「泡盛る」というものです。

蒸留した酒を茶碗に入れて泡立たせ、徐々に水で薄めて泡が立たなくなるまでそれを繰り返すことによってアルコール度数を決定しており、蒸留酒に含まれる高級アルコールなどの起泡性成分含量がアルコール度数にほぼ比例することによっています。

ジャガイモ焼酎

じゃがいも

サツマイモで作る芋焼酎と比べ癖が少なく飲みやすいものから、独特の青臭い香りの強いものまで様々あります。

1979年4月に、北海道斜里郡清里町の清里町焼酎醸造事業所が、日本で最初のジャガイモ焼酎を製造販売しています。

以後、北海道の多くの焼酎メーカーがジャガイモ焼酎に参入し、近年、北海道ではジャガイモ焼酎の生産が広く行われるようになっています。

また、長崎県でも特産品としてジャガイモ焼酎を製造している酒蔵があります。

粕取り焼酎とカストリ

粕取り焼酎

酒麹

もろみ取り焼酎とは別の製法で、清酒かす(日本酒の酒粕)を蒸留して造られる「粕取り焼酎」と呼ばれる焼酎があります。

粕取り焼酎は九州北部を中心に発達し、全国の清酒蔵で製造されています。

江戸時代の本草書『本朝食鑑』に、「焼酒は新酒の粕を蒸籠で蒸留して取る」とあるように、清酒が醸造される地域で焼酎といえば粕取り焼酎のことです。

新しくできた酒粕をそのまま蒸留する方法と、籾殻(もみがら)を混ぜて通気性を確保してから蒸留する方法があり、前者は吟醸粕取焼酎、後者を正調粕取焼酎と呼んで区別しています。

貯蔵した酒粕を蒸留し早苗饗(さなぶり)という田植え後のお祭りで飲んだことから、別名「早苗響焼酎」とも呼ばれ、蒸留した後の粕は田の肥料として使われています。

太平洋戦争後、カストリと混同されたこと、独特の香りが時代の嗜好に合わなかったことなどから需要が低迷し粕取り焼酎の製造から撤退する蔵が相次いでいます。

また、かつては福岡県内を中心に粕取り焼酎専業の蔵も多くあったが、現在では米焼酎の製造を行うなど、専業蔵は消滅しています。

しかし、昨今の焼酎ブームにより、日本酒製造メーカーが粕取り焼酎に再び進出するケースが増えているのが現状です。

梅酒をつける際にベースとなるアルコールやみりんの主原料としても使われた他、日本酒の仕上げ工程において中途で発酵を止め、防腐や辛口に仕上げる目的で用いられる柱焼酎として使われる場合も多く、外傷の消毒薬としても用いられています。

カストリ

本来の粕取り焼酎とはまったく別な、粗悪焼酎に対する俗称です。

第二次大戦後の社会混乱期、酒不足の世相の中で粗悪な密造焼酎が出回っています。

原料・出所がまったく不明、甚だしい例では人体に有毒なメチルアルコールを水で薄めたものまで売られる始末で、これら悪酔い確実な代物が俗に「カストリ」と総称されたため、一般にも「カストリ=粗悪な蒸留酒」というイメージが定着しています。

その影響で、決して粗悪でない本来の粕取り焼酎まで誤解によってイメージダウンした時期があります。

ここから派生した戦後の混乱期を象徴する表現として、「カストリ雑誌」という言葉もうまれています。